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認知症について
 ここに提示いたしますのは、認知症の概観を理解していただくための一般向けの広報です。
出典は、アメリカ合衆国のNIH(National Institute of Health)のなかのNINDS(National Institute of Neurolosical Disorder and Stroke)が一般向けのホームページに掲載した案内です。

目次


1.はじめに
2.認知症とは何か?
3.認知症の様々な種類とは?
   二次性の認知症
   小児の認知症
4.認知症の原因となるその他の病態とは?
5.どんな状態が認知症ではないのか?
6.何が認知症の原因となるのか?
7.認知症の危険因子はなにか?
8.どのようにして認知症は診断されるのでしょうか?
9.何か治療法はあるでしょうか?
10.認知症には予防法があるでしょうか?
11.認知症患者にはどういった介護が必要でしょうか?
12.どんな研究がなされているのでしょうか?



1.はじめに



50代前半の女性が、奇妙な行動が増えてきたことを理由に入院しました。家族の話によると、彼女は記憶の障害と強い嫉妬心を示すようになってきたそうです。また彼女は家の中での状況判断ができなくなり、物を隠すようになってきたそうです。医師の診察のとき、彼女は夫の名前や自分の年齢を思い出せず、またどのくらい病院にいるのかも答えられませんでした。彼女は文章を読むことはできましたが、その内容を理解しているようには見えませんでしたし、その読み方には奇妙なアクセントが感じられました。時に彼女は異常な興奮を示し、幻覚や不自然な恐怖感を感じているようでした。

オーガスタ D.と呼ばれるこの女性が、初めてこの病気の記載をしたドイツ人医師のアロイス・アルツハイマーの名前に由来する、アルツハイマー病(AD)として今では知られるようになった病気の最初の報告例です。オーガスタ D.が1906年に亡くなった後、医師たちは彼女の脳を調べて、脳がかなり萎縮していたことや、神経細胞の中にプラークと呼ばれる奇妙なたんぱく質の塊や縺れた繊維質など、普通では見られない特徴のあることを発見しました。記憶障害や認知症に起因するその他の症状、つまり「知能の崩壊」についての記載は、老人については古代よりありました。しかしながらオーガスタ D.は比較的若い年齢で症状を発症したので、医師たちは彼女の病気がいわゆる「老人性(senile)認知症」とは考えなかったのでした。「senile」という単語は、大まかに「年寄り」を意味するラテン語から派生しています。

比較的若い年齢の成人と同じように、アルツハイマー病(AD)が高齢者の認知症の主要な原因となっていることが、今では明らかとなっています。またそれが、認知症を発症する多くの病気の中のひとつであることも知られています。合衆国技術評価部門の推計によれば、合衆国全体で680万人の人々が認知症を患い、その中の180万人は重症であるとされています。いくつかの研究報告では、85歳以上の人々のほぼ半数は何らかの認知症を抱えているとされています。認知症はきわめて高齢な人々には共通して見られるのですが、しかし加齢現象の一つとして必ず起こるものではありません。90歳、100歳以上でも認知症を患わない人々も沢山いるのです。

老人性認知症(senile dementia)のほかに、認知症を示す言葉とし「痴呆症(senility)」や「器質性脳症候群(organic brain syndrome)」といった言葉があります。「老人性認知症」や「痴呆症」といった表現は、認知症が加齢によって起こると広く信じられていた頃の時代錯誤的な言葉です。「器質性脳症候群」という言葉が、精神機能に異常をきたした肉体的疾患(精神疾患でなく)を示す一般的な表現です。

この30年ほどの研究によって、認知症とは何か、誰がそれを患うのか、どのように進行し脳にどのような影響を与えるのか、といったことがよく判ってきております。ここでは、認知症のより良い診断技術、進歩した治療法、こうした病気の可能な予防法について、初歩的なご紹介をいたします。

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2.認知症とは何か?



認知症とは特定な病気の名前ではありません。それは脳に影響を与える色々な疾病によって生じた、様々な症状を総称する言葉です。認知症を持つ人々は知性的な機能が特に障害されて、通常の活動や人間関係に支障をきたします。認知症の人々は、問題を解決し情動を安定させる能力を失って、人格の変化や、異常興奮、錯覚、幻覚といった問題行動を生じることもあります。認知症においては記憶障害が共通して認められますが、記憶障害があるからといってそれだけで人が認知症であるというわけではありません。医師が認知症の診断を下すのは、意識障害を伴わない状態で、以下に示す脳の機能のうち少なくとも2つ以上が著明に障害された場合です。それは、記憶、言語能力、知覚能力、論理的思考や判断力などの認知力です。

認知症の原因となる病気は沢山あります。AD(アルツハイマー病)のように精神機能の進行性の増悪を示すものもありますが、適切な治療によって進行が止まったり改善したりする認知症もあります。

ADやほかの認知症では、病気の進行によって神経細胞が働かなくなり、他の神経細胞との結合が失われ、神経細胞は死んでゆきます。それとは対照的に通常の加齢では、脳神経細胞の大量の喪失は起こりません。

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3.認知症の様々な種類とは?



認知症を生じる病気の分類にはいくつかあります。ここで示す分類法は、病気が進行性か否か、脳のどの部分が影響を受けるのかといったように、病気に共通する特徴によって行った分類法です。

* 皮質性認知症:大脳皮質、或いは脳の表層のダメージが主な認知症。皮質性認知症は、記憶、言語、思考、社会的行動などに問題を生じやすい。

* 皮質下性認知症:皮質下の脳ダメージが主体の認知症。このタイプでは、記憶の障害に加えて感情や行動に変化が現れやすい。

* 進行性認知症:時間とともに症状が進み、徐々に認知機能が失われていくもの。

* 原発性認知症:ADのように、他の病気が原因ではないもの。

* 二次性認知症:病気や外傷が原因で起こる認知症。

上記の分類に二つ以上当てはまるものもあります。例えばADは、進行性であり皮質性の認知症と考えられます。

アルツハイマー病は、65歳以上の人々では最も多い認知症の原因疾患です。専門家によれば、合衆国内に現在400万人の患者が生活しているといいます。65歳以上で10人に一人、85歳以上では2人に一人がADです。毎年最低でも36万人のアメリカ人がADと診断されており、約5万人がその原因で死亡しています。

大抵の場合には、ADの症状は60歳を過ぎてから現れます。しかし早期に発現するタイプがあり、この場合には遺伝子的な欠陥が普通認められ、30代で発病する場合もあります。ADでは一般的に、7年から10年の時間経過を辿って、認知能力の緩やかに進行する低下が認められます。殆どすべての脳機能、すなわち記憶、運動、言語、判断、行動、思考と論理など、すべてが影響されます。

ADは脳の中に見られる二つの異常で特徴付けられています。アミロイドプラーク(老人斑)と神経原線維変化です。アミロイドプラークは神経細胞の間の組織に見られ、変性した神経細胞やその他の細胞の破片と一緒になった、ベータアミロイドというタンパク質の塊でできています。

神経原線維変化は、神経細胞の中に見られる捻じれた神経原線維の束です。この変化は主にタウと呼ばれるタンパク質でできています。健康な神経細胞の中でタウ・タンパク質は、細胞の構造維持や神経細胞の外への物質輸送の役割を果たす微小管の働きを助けています。しかしADではタウは変性し、らせん状の線維となって絡まり合います。これが生じると、微小管は正常に機能しなくなって崩壊していきます。この神経細胞の輸送システムの崩壊が神経細胞の相互伝達機能を障害し、神経細胞が死んでいくと考えられます。

アミロイドプラークと神経原線維変性が細胞に害をもたらしているのかどうか、或いは神経細胞にダメージを与えてADの症状発現へと導くこの病気の進行過程における単なる派生物質なのか、研究者たちにもまだよく判っていません。ただ彼らに判っているのは、ADの病状の進行に従ってこのプラークと変性が脳の中で増加するという事実です。

ADの初期の段階では、患者は記憶障害や判断力の低下、人格のわずかな変化を経験します。病状が進行すると記憶や言語の障害が悪化し、患者は小切手帳の管理やクスリの服用管理など、日常生活に支障をきたすようになります。また患者は視覚空間認識にも問題が生じて、不慣れな道での歩行や運転が困難になります。患者は場所や時間の見当識を失い、錯覚(誰かが自分の物を盗もうとしているとか、子供たちが自分に不誠実であるとか)に捉われたり、短気になって攻撃的になったりします。病状がさらに進行すると、運動機能をコントロールできなくなります。嚥下機能や排便、排尿機能にも支障をきたします。やがて患者は家族を認識することも、話をすることもできなくなってきます。ADは病状の進行とともに、人の感情や行動に影響を与えます。ADの殆どの患者は、易攻撃性、易興奮性、抑鬱性、不眠、或いは幻覚などの症状を呈します。

平均すると、患者は診断を受けてから8年から10年生存します。しかし、20年という長生きする人も中にはいます。ADの患者では、病期の後半に出現する嚥下障害が原因となって、誤嚥性肺炎で亡くなることがよくあります。

血管性認知症は、認知症の中ではADに次いで2番目に多い原因です。これはすべての認知症の20%を占めており、脳血管障害や心血管系異常に起因する脳のダメージ、即ち脳卒中が原因となっています。またこれは遺伝的疾患や心内膜炎(心臓の弁の感染)、或いはアミロイドアンギオパシー(アミロイド蛋白が脳血管に蓄積して、時々出血性の脳卒中を引き起こす疾患)が原因となります。多くの症例では、これにADが合併しています。血管性認知症の頻度は年齢とともに増加し、男女同じような頻度で起こります。

血管性認知症の症状は突然生じるのですが、殆どが脳卒中の後に起こります。患者には、高血圧症や血管性疾患、脳卒中や心臓発作の既往歴があるかも知れません。血管性認知症は、患者がそれ以上の脳卒中を起こすか起こさないかによって、時間とともに悪くなったりそのままだったりします。症状が時間とともによくなっていく症例もあります。症状が悪くなっていく場合には、脳機能の唐突な変化を伴い、段階的に進行していきます。しかし中脳領域にダメージが生じた血管性認知症の場合には、ADによく似た緩慢に進行する認知障害が起こることがあります。ADの患者とは違って、血管性認知症の患者では人格が保たれており、病状の末期段階まで情動反応は正常に保たれています。

血管性認知症の患者には夜の徘徊がよく見られ、脳卒中患者に共通な抑鬱状態や失禁などの症状が多く見られます。

原因や症状の違いによって、血管性認知症はいくつかのタイプに分類できます。一つは多発脳梗塞性認知症(MID)で、脳にできる複数の小梗塞が原因となります。典型的なMIDには脳梗塞が複数認められ、それに伴い脳の白質、つまり神経線維にも相当のダメージが見られます。

MIDの脳梗塞は脳の限られた領域にのみに影響するので、症状が体の片側だけだったり、言語障害だけだったりといったように、症状が一つか2-3の少数に限られます。数多くの機能に影響して体の片側だけにとどまらないような、ADに見られるいわゆる「グローバル」な症状に対し、神経内科医はこれらを「ローカル」とか「局所的」な症状と呼びます。

すべての脳卒中が認知症を引き起こすわけではないのですが、たった一つの梗塞でも認知症を生じるだけの脳のダメージを引き起こす場合があります。この状態を単一梗塞性認知症と呼びます。認知症は脳の左半球に脳卒中が生じたときによく見られ、さらには海馬という記憶に関しての重要な領域を含む場合が多く見られます。

血管性認知症の別のタイプにビンスバンガー病というのがあります。このまれな認知症の病気は、脳の白質の小血管の病変によって特徴付けられます。(白質というのは脳の内側層にある部分で、ミエリンという白い脂肪成分に包まれた神経線維でできています。)ビンスバンガー病は脳の白質の変性を起こし、記憶の喪失、認知力の障害、気分の変動などを生じます。この病気の患者は、高頻度で血圧の異常や脳卒中、血液異常、頚部の大血管異常、そして心臓の弁膜症を伴います。そのほかの特徴として、尿の失禁、歩行障害、動作の不器用さや緩慢さ、無表情や発話障害などが挙げられます。こうした症状は大抵60歳を過ぎてから現れますが、すべての患者に見られるわけではなく、また時々一時的に現れるだけの場合もあります。ビンスバンガー病の治療は対症的なもので、高血圧や抑鬱状態、不整脈や低血圧などに対する内服薬の使用です。この病気の場合には、部分回復が時々起こります。

血管性認知症のその他のタイプとしてCADASILと呼ばれる稀な遺伝子疾患があります。(cerebral autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarct and leukoencephalopathy の頭文字をとってこう呼ばれます。)CADASILは、19番の染色体上にあるNotch3という特殊な遺伝子異常と関係があります。この病気は脳卒中、前兆を伴う片頭痛、気分変動などを呈するとともに、多発梗塞性認知症(MID)の原因となります。最初の兆候は普通20代、30代、あるいは40代の人に現れて、患者は65歳までに大抵死亡します。CADASILの患者はその殆どが診断されないままになっており、実際のこの病気の分布や頻度については未だよく知られておりません。

血管性認知症のそのほかの原因に、血管システムに炎症が起こる血管炎があります。また極端な低血圧や脳出血による病変も原因となります。自己免疫疾患のループス・エリテマトーザスや炎症性疾患の側頭動脈炎も、血管性認知症につながる血管のダメージを生じることがあります。

レビー小体型認知症(LBD)は、進行性認知症の最もよく見られるタイプの一つです。LBDは、普通この病気の家族歴のない人に散発的に現れます。しかし、稀な家族的発症が時々報告されています。

LBDでは脳の表層にある皮質と、中脳にある黒質と呼ばれる部分で神経細胞が死んでいきます。黒質の中の生き残っている神経細胞の中には、この病気の証拠となるレビー小体という異常構造が認められます。レビー小体は脳の表層の皮質にも認められます。レビー小体は、パーキンソン病やそのほかの疾患とも関係のあるアルファ・シヌクレイン(alpha-synuclein)というタンパク質を含んでいます。研究者たちはこれらの病気を総称して時々「シヌクレイン病」と呼んでいますが、LBDで神経細胞の中にこのタンパク質がどうして蓄積するのかについては、未だよく判っておりません。

LBDの症状はADと多くの点で重なり、記憶障害、判断力低下、混乱などを含みます。しかしLBDでは、視覚性の幻覚とパーキンソン病に見られる小刻み歩行や前屈姿勢が特徴的に認められ、これらの症状の強さは日毎に変動します。LBDの患者は発症から平均で7年間生存します。

LBDは治癒することはなく、治療はパーキンソン症状と精神症候に対して行われます。この病気の患者は時として、抗パーキンソン病薬やADに使用されるコリンエステラーゼ阻害薬の治療に対して劇的な反応を示します。この病気の精神症状に対してクロザピンやオランザピンなどの向精神薬が効くという研究報告があります。しかし向精神薬は強い副作用が発現しますので、まずは他の治療を試すべきであり、もしこれらの薬を使用する場合には特に注意深く観察する必要があります。

レビー小体はパーキンソン病やADの人たちの脳にもよく見られます。そうした所見から、LBDがこういった他の認知症疾患と関連があることや、或いはこうした疾患が同一の人に共存していることなどが示唆されています。

前頭側頭葉認知症(FTD:frontotemporal dementia):時に前頭葉認知症と呼ばれるものですが、特に前頭葉と側頭葉の神経細胞の変性によって特徴付けられる疾患グループを意味しています。ADと異なり、FTDにはアミロイドプラークの形成を認めません。FTDの多くの患者では、脳内にタウ蛋白質の異常な集積が認められ、神経原線維の中にタウ蛋白質が蓄積します。これが正常細胞の活動を破綻させ、細胞に死をもたらします。

専門家によると、FTDは認知症患者の2%から10%を占めるそうです。FTDの症候は普通40歳から65歳の間に出現します。多くの症例で認知症の家族歴が認められており、この病気には強い遺伝子的な要素の働いていることが示唆されています。FTDの中には2-3年のうちに急速に症状の進行する患者と、7-8年殆ど症状の変化しない患者がいます。FTDの患者は、診断を受けてから平均して5-10年生存します。

脳の前頭葉と側頭葉の部分は判断力と社会的行動をコントロールしているので、FTDの患者では他者との正常なコミュニケーションを維持するとか、社会的慣習に従うことに障害が発生してきます。彼らは物を盗んだり、失礼で社会的に容認できない行動を示したり、自分の正当な責任を無視したりします。そのほかの症状としては、会話や言語の機能の喪失、強迫的で反復的な行動、食欲過剰、硬直し安定さに欠ける運動機能のトラブル、などが挙げられます。記憶の障害も起こってきますが、普通は病状がかなり進んだ段階にならないと発現しません。

ピック病と呼ばれるFTDの場合、特定な神経が細胞死を迎える前に変性して腫脹します。こうした風船のように腫脹した神経細胞は、この病気の特徴的な所見となります。またピック病の患者の脳には、神経細胞内に大半がタウ蛋白でできたピック小体という異常構造物が観察されます。ピック病の原因は未だ判明しておりませんが、この病気が家系的に発症することを考えると、単一の遺伝子か複数の遺伝子群に少なくとも何らかの欠陥があるものと思われます。この病気は50歳以降に発症し、人格や行動の変化が経過とともに悪化していきます。ピック病の徴候はADととてもよく似ており、不適切な社会的行動や脳の柔軟性の欠如、言語障害、思考力や集中力の喪失、などがあります。ピック病に見られる進行性の変性を遅らせる手段は、現在のところありません。しかしながら攻撃性やその他の問題行動を軽減し、抑鬱状態を治療するための薬物は役に立っています。

いくつかの症例では、家族性のFTDがタウ遺伝子の突然変異と関係しています。この17番染色体が関与するパーキンソン症状合併前頭葉側頭葉認知症(FTDP-17)という疾患は、ほかのタイプのFTDとよく似ていますが、錯覚や視覚性幻覚といった精神症状が高頻度に見られます。

原発性進行性失語症(PPA)はFTDの一つのタイプですが、40代前半に発症します。「失語症」というのは、発話したり、他者の会話を理解したり、一般的な物を呼称するなどの言語機能の障害を意味する総合的な専門用語です。PPAではこうした機能の一つや複数が障害されます。症状は徐々に始まり、何年もかけてゆっくり進行していきます。病状の進行に従い記憶力や注意力も障害を受けて、人格や行動の変化も現れてきます。PPAの患者はすべてではありませんが、多くは認知症の徴候を発症します。

HIV関連認知症(HAD)は、AIDSの原因となる人免疫不全ウィルス(HIV)の感染の結果起こります。HADは脳の白質を広汎に破壊します。これによって記憶障害、無感動、引きこもり、集中力低下などを呈する認知症を発症します。HADの患者は同様に運動機能の障害も起こります。HADのための特別な治療法はありませんが、AIDSの治療薬によって発症を遅らせ、症状を軽減することは可能です。

ハンチントン病(HD)は、ハンチンティンと呼ばれる蛋白質に関連する遺伝子の障害で起こる遺伝的疾患です。この病気を持つ患者の子供たちには、50%の確率で疾患が遺伝します。この病気は脳や脊髄の様々な場所で変性を引き起こします。HDの症状は30代から40代で出現し、平均余命はおおよそ15年です。HDの認知面での症状は、易刺激性や不安、抑鬱といった軽い人格変化で始まり、やがて重度の認知症に発展します。多くの患者は精神病的な行動を示します。HDは筋力低下、不器用、歩行障害などと同じく、舞踏病(不随意的で突発的な不整運動)を生じます。

ボクシング認知症(Dementia pugilistica)は、慢性外傷性脳症とかボクサー症候群とか呼ばれているものですが、ボクシングの間に受ける無数の頭部への打撃のような頭部外傷によって引き起こされます。最も一般的な徴候は認知症とパーキンソン症状で、外傷が終わってから何年も経てから発現することがあります。発病した人には、協調運動の低下や不明瞭な発話も観察されます。単発の頭部外傷でも、外傷後認知症(PTD)という認知症に発展する場合があります。PTDはボクシング認知症とよく似ていますが、普通は長期記憶の障害が合併します。その他の症状は脳の障害を受けた領域によって異なります。

皮質基底核変性症(CBD)は、脳の複数の領域で神経細胞が減少したり萎縮したりする特徴を持った進行性の疾患です。CBDの患者から採取された脳細胞には高頻度でタウ蛋白の蓄積が見られます。CBDは普通6-8年かけてゆっくりと病気が進行します。典型的な例では普通60歳前後に最初の徴候が出ますが、はじめは体の片側に現れ、最終的には両側に広がります。協調性運動の低下や硬直といった症状はパーキンソン病と同じです。その他に、記憶障害、認知症、視空間認識障害、失行(身近な目的運動や行為ができなくなること)、どもりや口ごもった言語、ミオクローヌス(不随意的な筋肉の収縮)、嚥下障害(物を飲み込む運動の障害)などが認められます。死因は肺炎が多く、その他に敗血症(血液の重症感染)や肺梗塞(肺に血栓ができる)などが挙げられます。CBDに特異的な治療法はありません。しかしミオクローヌスにはクロナゼパムが有効ですし、理学療法や言語療法は病気による症状の軽減に役に立ちます。この病気の症状には、抗パーキンソン薬やその他の薬の効果は認められないことが多いようです。

クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)は、全世界で年に100万人に1人の割合で発症する、極めてまれで致死的な脳の変性疾患です。症候は普通60歳以上で発現し、大半の人は1年以内に死亡します。多くの研究者は、CJDがプリオンと呼ばれる異常な形態をとる蛋白質によって引き起こされると考えています。殆どのCJDは散発的に発症します。即ち、この病気に対する明らかな危険因子のない人たちに病気が発生するわけです。しかし合衆国の中では、CJDの5-10%は遺伝的なもので、プリオン蛋白の遺伝子の変異が原因となっています。まれなケースでは、ある特定な医学的処置に際して、感染した脳や神経組織に接することによってCJDに罹ることがあります。CJDが空気感染したり、CJDの患者への日常的な接触によって感染したりするという証拠はありません。

初期のCJDの患者は、協調運動の障害、記憶や判断力や思考力の障害による人格の変化、そして視力障害などを経験します。その他に不眠症や抑鬱も見られます。病状が進むと精神障害が重度となります。患者はミオクローヌスを呈するようになり、盲目になる場合もあります。そして最終的には全く動くこともしゃべることもできなくなり、昏睡状態に陥ります。肺炎やその他の感染症を併発して死に至ることもよくあります。

CJDは伝染性スポンジ脳症(TSEs)として知られている人と動物の病気の仲間です。スポンジというのは感染した脳の特徴的な形態を示しているのですが、感染した脳は顕微鏡下で見ると、小さな空洞で満たされていてまるでスポンジのように見えるわけです。CJDは人間のTSEsのなかでは最もよく知られています。その他のものには、致死性家族性不眠症とゲルシュトマン・ストラウスラー・シャインカー病があります。

近年、異型CJD(vCJD)と呼ばれる新しいタイプのCJDが、イギリスやその他のヨーロッパの数カ国で発見されました。vCJDの初期症状は典型的なCJDと異なり、病気が若い世代に発症します。vCJDが
「狂牛病」として知られる牛海綿状脳症というTSEに感染した牛肉の摂取に起因するものらしいと、研究では示唆されています。

その他のまれな遺伝性認知症には、ゲルシュトマン・ストラウスラー・シャインカー病(GSS)、致死性家族性不眠症、家族性英国認知症、そして家族性デンマーク認知症があります。典型的なGSSの症状は失調と進行性の認知症で、50代から60代の間に発症します。患者が最終的に死亡するまでには5-6年の経過があります。致死性家族性不眠症は睡眠のコントロールに一役かっている視床という脳部分に変性をきたします。この病気に罹ると徐々に不眠が進行し、ついには全く眠れなくなります。その他の症候には、腱反射の低下、認知症、幻覚、そして最終段階の昏睡があります。この病気では発症から7-13ヶ月で死に至りますが、もう少し経過が長い場合もあります。家族性英国認知症と家族性デンマーク認知症は、染色体13番に見られる二箇所の異なった遺伝子の欠損と関連付けられています。両者とも進行性の認知症と麻痺や平衡機能の喪失が見られます。

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二次性の認知症

基本的に運動機能やその他の機能に影響をもたらす病気の中にも、認知症の起こるものがあります。これらの症例は二次性認知症と呼ばれることがよくあります。こうした疾患と原発性の認知症との関連は、いつも明らかとなるわけではありません。例えば病状の進んだパーキンソン病の患者は、基本的には運動性疾患にもかかわらず、時々認知症を発症します。多くのパーキンソン病患者は、ADで見られるようなアミロイドプラークや神経原線維変性を持っています。この二つの病気がまだ知られていないところで関連しているのかも知れませんし、或いは単に同一の人々に共存しただけなのかもしれません。パーキンソン病と認知症の合併例では、剖検で時々レビー小体認知症や進行性核上性麻痺の徴候を示すことがあり、これらの病気がパーキンソン病と重なって存在したか、或いはパーキンソン病が誤診であった可能性を示唆します。

認知症の症候を示すそのほかの疾患には、多発性梗塞、運動神経病を伴う初老期認知症(これはALS認知症と呼ばれています)、オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、ウィルソン病、そして正常圧水頭症です。

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小児の認知症

認知症は普通成人に見られるのですが、小児にも発症する事があります。例えば感染症や中毒症ならばどんな年齢でも認知症になりえます。それに加えて、小児特有の病気によって認知症が発症します。

ニーマン・ピック病は、代謝系に影響を与える特定の遺伝子の変異によって引き起こされる遺伝病のグループです。ニーマン・ピック病の患者は、コレステロールや他の脂質を適切に代謝することができません。その結果として、過剰なコレステロールが肝臓と脾臓に蓄積し、過剰な他の脂質が脳に蓄積します。症状は認知症、混乱、学習と記憶の障害です。これらの疾病は学齢の早い段階で普通は出現しますが、10代になってからや若年成人になってから現れることもあります。

バトン病は致死的な神経系の遺伝病で、小児期に発症します。組織の中に生成される脂質色素という物質がこの病気の症状に関係します。初期の症状には、人格や行動の変化、学習障害、不器用、どもり、などがあります。時間経過とともに病児は、精神障害、けいれん、進行性の視力障害、運動障害などを発症していきます。最終的には、バトン病の患児は認知症が進み、盲目となって寝たきりとなります。この病気の場合には、10代後半から20代前半に死亡することが多いとされています。

ラフォラ小体病は稀な遺伝子病で、けいれん、急速に進行する認知症、運動障害を呈します。こうした症状は小児期の後半から、10代前半に出現します。ラフォラ小体病の患児の脳や皮膚、肝臓、筋肉などには、ラフォラ小体という顕微鏡的物質が見られます。殆どの患児は発症後2-10年で死亡します。

小児期発症の多くの疾患で認知症が発現します。ミトコンドリア筋症、ラスムーセン脳炎、ムコ多糖体症V(サンフィリッポ症候群)、鉄沈着性脳変性症、アレキサンダー病のような白質異形成症、メタクロマティック白質異形成症などがそれです。

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4.認知症の原因となるその他の病態とは?



認知症や認知症類似の症状の原因となり得る他の多くの病態を、医師たちは認識しています。これら多くの病態は、適切な治療によって元に戻ります。

薬物の作用:治療薬は時々その副作用として認知症類似の症状を引き起こすことがあります。これらの認知症類似の症状は単一の薬剤によっても生じますし、多数の薬剤の相互作用によっても起こります。この症状は急速に発症することもあれば、時とともにゆっくり発現することもあります。

代謝性の問題と内分泌異常:甲状腺機能のトラブルでは、無感動、抑鬱、認知症が現れます。血流に十分な糖がなくなってしまう低血糖状態は、混乱や人格変化の原因となります。ナトリウムやカルシウムが不足したり過剰であったりすると、精神状態の変化が起こります。ビタミンB12の吸収障害のある患者では、人格変化、易刺激性、抑鬱などをきたす悪性貧血の原因となります。検査でこうした問題の有無をチェックできます。

栄養失調:慢性アルコール中毒でよく見られるチアミン(ビタミンB1)の欠乏症では、短期的な記憶障害を特徴とする重度の精神機能障害が発現します。ビタミンB6の重篤な欠乏では、認知症を発現するペラグラという神経障害を引き起こします。ビタミンB12の欠乏症でも認知症を起こすことがあります。脱水状態でも認知症に似た精神症状を呈することがあります。

感染症:発熱や感染に対する体の防御反応の副作用のために、混乱やせん妄などの神経症状が生じることは多くの感染症で認められています。髄膜炎や脳炎では、即ち脳自体やそれを覆っている膜の感染では、混乱や突然起こる認知症、社会性の喪失、判断力低下、記憶障害などが発生します。未治療の梅毒では、神経組織が破壊されて認知症になります。稀なケースですが、ライム病も記憶や思考に困難をきたします。進行したAIDSの患者でも認知症が認められます。(HIV関連認知症を参照)免疫力の低下する白血病やAIDS患者では、進行性多巣性白質脳症(PML)という感染症を発症することがあります。PMLは一般人が保有すpolyomavirusであるJC ウィルスによって発症しますが、神経細胞を包んでいるミエリン鞘にダメージを与え破壊します。PMLにおいても、混乱、思考と発話困難、精神障害が見られます。

硬膜下血腫:硬膜下血腫というのは、脳の表面と硬膜という脳の外側の膜との間の出血を意味しますが、これも認知症のような徴候や精神機能の異常を呈することがあります。

中毒:鉛や他の重金属、或いは他の有毒物質に曝されると、認知症の症状が出現することがあります。脳がどの程度障害を受けたかによって、これらの症状は治療によって改善することもあり、改善しない場合もあります。アルコール中毒やドラッグの乱用などの中毒患者も、その乱用が中止された後でさえ認知症を呈することがあります。この状態は、薬物誘発性持続性認知症(substance-induced persisting dementia)として知られています。

脳腫瘍:稀なケースですが、脳腫瘍でも脳が障害を受けて認知症の出る場合があります。やはり人格変化、精神病症状、発話、言語、思考、記憶などの異常が見られます。

無酸素症:無酸素症や同じく低酸素症というのは、臓器組織への酸素の供給が極端に減少した状態を示す用語です。無酸素症は、心臓発作、心臓手術、重症の喘息、一酸化炭素中毒、高山病、窒息、過剰な麻酔など様々な原因で起こります。重症の無酸素症の場合、数時間から数日、或いは数週間から数ヶ月といった範囲で、混迷や昏睡状態が継続します。酸素が断たれた程度の差によって回復状況も異なります。回復に従って、様々な精神的、神経学的異常が出現し、認知症や精神障害も起こりえます。患者は混乱、人格変化、幻覚、記憶障害なども経験します。

心臓と肺の問題:脳組織は正常な機能を営むために高レベルの酸素を必要とします。そのため、慢性の肺疾患や心臓疾患などの問題が存在すると、脳細胞に十分な酸素が供給されず認知症の症状が出ます。

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5.どんな状態が認知症ではないのか?



加齢による認知力低下:人は加齢に従い、情報処理が遅くなり、記憶力が穏やかに低下することを経験します。また高齢者では脳の体積が減少し、神経細胞が失われていきます。こうした変化は加齢性認知力低下と呼ばれており、正常の現象で認知症ではありません。

軽度認知力障害:認知症と診断するには十分でないが、正常な加齢現象による低下より明確な、認知力や記憶力の低下を示すことがあります。この状態を、軽度認知力障害と呼びます。この状態の人の多くは後に認知症を発症しますが、認知症にならない人もいます。多くの研究者がこの軽度認知力障害を研究し、治療によって認知症に発展しないようにする方法を探しています。

うつ状態:うつ状態の人は大抵受動的で反応に乏しく、動作がのろく、混乱し、忘れやすいように見えます。その他の情動問題でも、時には認知症に似た症状を呈することがあります。

せん妄:せん妄というのは、混乱と急速に変化する精神状態で特徴付けられます。また見当識障害、不活発、執着心、人格変化を呈することもあります。せん妄は中毒や感染症といった、治療可能な肉体的あるいは精神的病気が原因となります。せん妄の患者はいつもとは限りませんが、ベースにある疾患の治療によって完全に回復することが多いようです。

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6.何が認知症の原因となるのか?



どんなタイプの認知症も、神経細胞の死滅と神経細胞間の情報伝達の喪失が原因となって起こります。人間の脳は極めて複雑で精密な機械なので、その機能に支障をきたす要因は数多くあります。研究によってこうした数多くの要因が明らかになってきましたが、どのようにして認知症が発症するのかについて完璧に描写するジグソーパズルを完成させたわけではありません。

AD、レビー小体型認知症、パーキンソン病型認知症、ピック病など多くのタイプの認知症は、脳内の封入体という異常な構造物によって特徴付けられています。こうした封入体は異常なタンパク質でできているのですが、認知症の患者に共通しているため、そうした封入体が認知症の発現に何らかの役割を果たしていると考えられています。しかしながらその役割はまだ判っておらず、こうした封入体が認知症に導く病気のプロセスの単なる副産物である可能性もあります。

いくつかのタイプの認知症では、遺伝子がその発現に役割を果たしていることは明らかです。しかしADやその他の多くの疾患で、認知症を一つの遺伝子異常と結びつけることはできません。こうした認知症は、遺伝子、ライフスタイル、環境因子などの複雑な相互作用によって発症しているように見えます。

ADの発症のしやすさに影響するいくつかの遺伝子が発見されています。ADに関連すると判明した3個の遺伝子、即ちアミロイド前駆蛋白(APP)、プリセリニン1、プリセリニン2 の蛋白合成を制御する遺伝子の変異は、病気の早期発症に関係しています。

アポリポ蛋白E(apoE)と呼ばれている遺伝子の変異は、高齢発症のADのリスクと関係しています。apoEはそれ自身が病気の発症の原因となるわけではありませんが、apoE epsilon4(apoE E4)と呼ばれる遺伝子の変化が、ADのリスクを高めているようです。apoE E4の遺伝子を対で持つ人々は、それを持たない人たちの10倍の確率でADを発症します。この変形遺伝子は脳内のアミロイド沈着を促進します。またある研究では、この遺伝子を持つAD患者の生存期間が短いことがわかっています。その逆に、apoE E2と呼ばれる別の遺伝子は、ADになることを防いでいると考えられています。

CYP46と呼ばれる別の遺伝子の変異が、遅発性の散発的ADの発症リスクを高めているという研究報告があります。この遺伝子は、脳のコレステロール代謝を助ける蛋白質を造っています。

ベータアミロイドがどのようにADの発症に寄与しているのかについて、多くの研究者が解明を試みています。数ある研究の結果、認知症が完成されるに至る一連の出来事に先立って、この蛋白質の合成が始まっていることが判っています。ある研究報告では、脳内のベータアミロイドの合成が引き金となって、脳内の危険物質を排除する役割のマイクログリア細胞が活性化し、過酸化窒素と呼ばれる神経毒の放出されることが判明しました。これがADにおける神経細胞の死滅に関わっている可能性があります。また別の研究ではベータアミロイドが、p35という一つの蛋白質を二つに分割する原因となっていることが示されました。この分割された蛋白質の一つが、神経原線維変性の原因となるタウ蛋白の変形の引き金になっているというのです。もう一つの研究では、ベータアミロイドがカスパーゼという細胞を殺す酵素を活性化し、神経原線維変性の原因となるタウ蛋白を変形させていることが発見されました。ADではこうした神経原線維変性が、神経細胞の死滅に寄与していると考えられています。

血管性認知症は、脳血管病変や脳の正常血流を阻害する様々な病態で起こります。正常な血流がなければ適切な活動に必要な酸素が脳細胞に供給されず、またさらに酸素が足りなければ脳細胞は死に至ります。

その他の認知症の原因は様々です。CJDやGSSなどの認知症では、特定な蛋白質の異常型が原因となります。またハンチントン病やFTDP-17の場合には、一つの遺伝子の欠損が絡んでいます。まだ正確な機序は不明ですが、HIV関連認知症ではHIVウィルスの感染が原因となります。皮質基底核変性症や前頭側頭葉認知症の多くのタイプでは、発症の原因がまだよく判っていません。

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7.認知症の危険因子はなにか?



一つ或いは複数の認知症発症の可能性に影響を与えているいくつかの危険因子が判明しています。これらの因子には修正可能なものと可能でないものがあります。

年齢:AD、血管性認知症、その他のいくつかの認知症は、年齢とともに頻度が上がります。

遺伝性、家族歴:「認知症の原因となるのは何か?」のセクションで述べましたが、ADの発症リスクを増加させる多くの遺伝子が発見されています。ADの家族歴のある人々では病気の発症リスクは一般に高いと考えられていますが、家族歴があっても病気にならない人も多いですし、逆に家族歴がなくてもADになる人は沢山います。多くの症例では、家族歴だけで病気の発症リスクを予測することは不可能です。CJD、GSS、致死性家族性不眠症のいくつかの家族ではプリオン蛋白の遺伝子変異を持っていますが、こうした病気は遺伝子の変異がなくても起こります。こうした遺伝子変異を持つ人々では、これらの認知症になるリスクが明らかに高いといえます。ハンチントン病、FTDP-17、その他のいくつかの認知症では、異常遺伝子が明らかなリスクファクターになっています。このような病気については、「異なった種類の認知症には何があるか?」のセクションに記載があります。

喫煙と飲酒:最近の研究では、喫煙習慣が知力低下や認知症のリスクを高めるという事実が明らかとなっています。喫煙は動脈硬化やその他の血管障害を促進しますので、そのために認知症発症のリスク増加の原因となるようです。また大量のアルコールの摂取は、認知症のリスクを増大させているようです。しかし適度にお酒を飲む人々では、大量に飲む人や全くアルコールを摂取しない人々に比べて、認知症になるリスクの少ないことが示唆されています。

動脈硬化症:動脈硬化症では、脂肪物質やコレステロールその他の沈着物であるプラークが、動脈の内壁に形成されます。動脈硬化症は血管性認知症の際立ったリスクファクターですが、それは脳血流障害の原因となって脳卒中を引き起こすためです。ある研究では、動脈硬化症とADとの関連が明らかとなっています。

コレステロール:悪玉コレステロールと言われる低比重脂質蛋白(LDL)は、血管性認知症のリスクを明らかに増大させています。コレステロールが高値の場合にADのリスクを高めるという研究者もいます。

血清ホモシステイン:ホモシステインというアミノ酸の血中濃度が平均より高いと、ADや血管性認知症になる確率の高くなることが証明されています。

糖尿病:糖尿病はADおよび血管性認知症の両者のリスクファクターになっています。また糖尿病は、血管性認知症を増大させる動脈硬化症や脳卒中の危険因子となります。

軽度認知障害:軽度認知障害の人がすべて認知症に発展するわけではありませんが、この状態の人は一般の人々に比べてかなり高い確率で認知症になります。軽度認知障害と診断された65歳以上のおおよそ40%に、3年以内に認知症が発症したという研究があります。

ダウン症候群:ダウン症候群の大半の患者では、中年に達するまでに、ADに特徴的なプラークと神経原線維変性が発現するという事実を研究が示しています。この状態の人では、すべてではありませんがその多くが、認知症の症状を発症します。

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8.どのようにして認知症は診断されるのでしょうか?



医師たちは様々な方法で認知症を診断します。大切なことは、うつ病や正常圧水頭症、ビタミンB12欠乏症など、認知症と同じ症状を呈する疾患を除外することです。

患者やその家族にとっては、速やかで正確な診断が大切です。それは症状に対する早期からの治療が可能となるからです。ADやその他の認知症疾患を患う人たちにとって早期診断は、彼らがまだ自分で決断できる間に将来の計画をたてる猶予を与えます。それに加え、薬物治療を受けられるというメリットもあります。

認知症診断における黄金律となる剖検は、患者やその介護者には何の助けにもなりません。そのために医師たちは、患者がまだ生きている間に相応な正確度を持って認知症を発見するために、いくつものテクニックを編み出しました。

患者の病歴
認知症のある患者の検査をする時には、医師たちはその患者の病歴を聴取することから始めます。例えば、症状がいつからどのように始まり進行したか、そして患者のすべてにわたる医学的履歴などについて聴取します。認知症の患者は、病気が自分自身にどのような影響を与えているのかについて気づいていなかったり、或いは病気を否定したりするので、医師たちは患者の精神状態についての評価もします。家族も病気の存在を否定することがあります。というのは、彼らは認知症という診断を望まないですし、また少なくとも初期のころにはADやほかの認知症が正常な老化現象に見えるからです。それ故に、認知症の確定や除外の診断をするためには次のステップが必要となります。

生理学的検査
生理学的検査は治療可能な認知症の原因を除外し、脳卒中やその他認知症に影響を与える疾患の徴候を同定する手立てとなります。また心臓疾患や腎不全などの、認知症と重なっている病気の症状を同定することができます。病状の原因となるか、或いは影響を与えている治療薬を患者が受けている場合には、症状の軽減が得られるかどうかを見るために、医師たちは薬を中止するか別のものに切り替えるかの指示を出します。

神経学的な評価
運動機能障害や脳卒中などの病気の徴候を同定するために、医師たちは平衡感覚や知覚機能、反射やその他の機能について評価を行います。そうした徴候は患者の診断に影響を与えますし、薬物治療が可能かも知れません。

認知的、神経心理学的検査
医師たちは、記憶や言語機能、数学的能力、その他精神機能に関係のある能力について測定を行い、患者の病状を正確に診断するために役立てます。例えばADの患者では、一般に遂行能力(問題解決能力など)と呼ばれる機能、記憶、課題実行能力などに変化が見られます。
認知症の疑いのある人に対して、その認知能力を評価する目的でミニメンタルテスト(MMSE)というテストを利用します。このテストのなかでは、見当識、記憶、注意力などを検査しまが、それと同じく物の名称を言う能力、発話と書字を理解する能力、自発的に文章を書く能力、複雑な形を模写する能力などが試されます。また認知的な問題や能力の特殊なタイプを見つけ出すために、その他の様々なテストが利用されています。

脳のスキャン
脳卒中や脳腫瘍、その他認知症の原因となる疾病を同定するために、医師は脳のスキャンを利用します。また脳の皮質(外層)の変性である皮質性萎縮は多数の認知症において一般に観察されますが、脳スキャンによってそれを見ることができます。正常な脳皮質は、脳溝と呼ばれる「谷間」によって隔てられた組織の尾根部分(脳回と呼ばれる)が、いくつもの皺を形成しているように見えます。皮質性萎縮の見られる人の場合、進行性の神経細胞の喪失によって尾根部分がやせ細り、脳溝の幅が広がります。脳細胞が死ぬに従い、脳室(脳の中央にある水で満たされた空間)が空いたスペースを埋めるように拡大し、正常よりかなり大きくなります。また脳スキャンによって、ADを示唆する脳の構造変化や機能的変化を同定することができます。

最も普通に見られる脳スキャンには、コンピューター断層撮影(CT)と核磁気共鳴画像(MRI)があります。認知症の疑われた患者に対して、医師は脳のCTを頻繁に利用します。X線を使って脳の構造を解明するこのスキャンによって、脳の萎縮、脳梗塞や一過性脳虚血発作(TIA)、血管の変化、水頭症や硬膜下血腫などの異常を検出できます。MRIスキャンは磁場を使って電磁波の変化を検出し、人体組織内の水素原子を描出します。MRIはCTと同じような疾患を描出しますが、脳萎縮やTIAによる小さなダメージなど、特定な疾患ではさらに有効です。

医師は認知症の疑われる患者に対し脳波(EEG)も利用します。脳波検査では脳のいくつかの部分の上にある頭皮に電極を置き、電気的な活動パターンを記録して異常を検出します。この電気的な活動によって、脳の部分的な或いは全体における認知的な機能異常を調べます。中等度から重症のAD患者の大半で、脳波上の異常が見られます。脳波はまたてんかんを検出するのに利用されますが、このてんかんは多くのほかの疾患でも見られるのと同様に、AD患者でもほぼ10%に起こります。脳波はCJDを診断するのにも有効です。

その他の脳スキャンには、脳が機能しているところを観察するのに役立つものがあります。機能的脳画像と呼ばれるこうしたスキャンは、診断用機材としてそれほど使用されるわけではないのですが、研究活動では重要な役割を果たしており、現在利用されているものに比べてより早期に認知症患者を同定するのに役立ちます。機能的脳画像には、機能的MRI(fMRI)、シングルフォトン断層法(SPECT)、陽電子放射断層撮影(PET)、脳磁波(MEG)などがあります。fMRIは電磁波と強力な磁場を使って、脳の活動部分で起こる代謝的な変化を測定します。SPECTは脳の活動によって普通は上昇する脳内の血流分布を示します。PETスキャンでは、糖代謝、酸素代謝、血流などの変化を検出し、これらすべてが脳機能の異常を解明するのに役立ちます。MEGは脳の神経細胞の活動で生じる電磁場を画像化します。

血液検査
認知症の診断や、腎不全などの類似の症状を呈する疾病を除外するために、医師は色々な血液検査を行います。こうした検査には、血算、血糖検査、尿検査、薬物やアルコール検査(薬物中毒のスクリーニング)、髄液検査(脳に影響する感染症の除外のため)、甲状腺および甲状腺刺激ホルモンの検査などがあります。医師はそれが必須と感じるか、または診断の正確性を高めそうな検査のみを指示します。

精神分析的検査
精神分析的評価は、うつ病やその他の精神障害が症状の原因であるか、影響を与えているかどうかの判定のために利用されます。

症状発現前検査
認知症が発症するかどうかを判定するために、症状発現の前に検査を行うことは大半の症例では不可能です。しかしながら、ハンチントン病のように、明らかに遺伝子の欠損が病気のリスクと結びついている場合には、遺伝子検査は病気を発症する可能性の高い人たちを同定するために有効です。遺伝子的情報は衝撃的なことがありますので、そうした検査を受けるかどうかについては慎重に考えるべきでしょう。

絵と言葉を結びつけるような一連の簡単な認知テストによって、認知症を発症する人を予測できるかどうかについての研究があります。ある研究報告では、言語学習テストと匂い同定テストの組み合わせによって、症状が明確になる前にADを検出するのに有効であったことが示されました。また別の研究では、記憶テストと脳スキャンが将来の認知症を予測するのに有効かどうかについて注目しています。

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9.何か治療法はあるでしょうか?



大半の認知症では、病状の進行を逆戻りさせたり止めたりするのに有効な治療方はありませんが、現在使用できる薬物の使用や認知訓練などの別の手段によって、患者は多少恩恵を受けることができます。

ADとその他の数種の認知症治療に対して特殊に使用される薬が現在利用可能であり、実際に多くの患者に処方されています。こうした薬物は病状を止めたり、既存の脳障害を元に戻すものではありませんが、投与することによって症状を改善したり病気の進行を抑制することができます。その結果、患者の生活レベルを改善し、介護者の負担を軽減させ、介護施設への入所を遅らせることが可能です。こうした薬物がその他の認知症に有効かどうかについては、研究が現在進行中です。

多くの患者、特に初期段階の患者の場合には、認知機能の中の一部の遂行能力を改善させるために、行動訓練が役立ちます。例えば、記憶術、コンピューター記憶器具、メモ書きなど、記憶の補助手段の使用が教育指導されています。

適切で積極的な行動を賞賛し、不適切な行為を否定する行動修正方は、容認できない危険な行動をコントロールするのに役立ちます。

アルツハイマー病
合衆国食品医薬品局(FDA)においてADに対し現在認可されている薬物の大半は、コリンエステラーゼ阻害薬という範疇に属しています。神経伝達物質であるアセチルコリンはADの患者の脳内では減少していますが、こうした治療薬はこのアセチルコリンの分解を遅延させます。アセチルコリンは記憶の形成に重要で、海馬と脳皮質で消費されますが、この二つの脳領域はAD患者の障害を受ける部分なのです。現在4種類のコリンエステラーゼ阻害薬の使用が、合衆国で認可されています。tacrine(Cognex), donepezil(Aricept), rivastigmine(Exelon), galantamine(Reminyl)です。こうした薬の使用で、一時的に記憶や思考が改善し安定する患者がいます。多くの研究ではコリンエステラーゼ阻害薬が、ADによる精神機能の低下を遅らせるのに有効であるとの結果が示されており、問題行動の減少や日常生活能力の改善に役立っていることが明らかとなっています。しかしこれらの薬の使用によって、ADの病状の進行を止めたり元に戻したりすることはできません。

5番目の薬であるmemantine(Namenda)もまた、合衆国で使用が許可されています。アセチルコリンのレベルに影響する他の薬と異なり、memantine には、学習と記憶において作用するグルタミンという神経伝達物質の活動を制御する働きがあります。ADではグルタミンの活性が混乱しています。この薬はコリンエステラーゼ阻害薬とは作用が異なるので、他のAD薬と組み合わせることによって、単独投与より効果があるかもしれません。ある臨床試験では、donepezil単独投与の患者に比べ、donepezilとmemantineの両方を投与された患者の群で、認知力や他の機能の優れていたことが判明しています。

抗けいれん剤、鎮静剤、抗うつ剤などが、てんかん発作、うつ症状、易刺激性、不眠症などの認知症に伴う諸症状に対して処方されることがあります。2005年に、olanzapineやrisperdoneなどの非定型向精神薬を高齢の認知症患者に使用することで、こうした患者の死亡リスクを上昇させることが判明しました。大半の死亡原因は心臓疾患と感染症でした。この安全性問題について患者とその介護者の注意を促すために、FDAは公共健康報告を発行しました。

血管性認知症
血管性認知症に対する標準の薬物治療はありませんが、うつ状態などのいくつかの症状は治療可能です。もうひとつの主要な治療は、それ以上の脳障害を起こすリスクを低減させる目的で行われます。しかし、galantamineやその他のAD治療薬のようなアセチルコリン阻害薬が、初期の血管性認知症の認知機能を改善するという報告もあります。

血管性認知症の場合、疾病の基礎となる危険因子を治療することによって、病状の進行を劇的に遅延させたり止めたりすることができます。脳卒中やTIAを予防するために医師たちは、降圧剤、コレステロール治療薬、心臓疾患や糖尿病の治療薬を処方します。またアスピリン、ワーファリン、その他の治療薬が、小血管内での血栓形成を防ぐ目的で処方されることがあります。患者の血管内に閉塞が生じたとき、正常な血流を回復させる目的で、頚動脈内膜剥離術、ステント、血管形成などの手術的治療を医師が推奨するかもしれません。また興奮やうつ状態を軽減し、そしてよく眠れるような薬も処方されることがあります。

その他の認知症
アリセプトのようなコリンエステラーゼ阻害薬が、パーキンソン病に伴う認知症の動作的な症状を軽減するという研究結果があります。

現時点では、FTDやその他のタイプの認知症を治療するための認可された薬はありません。しかし鎮静剤、抗うつ剤、その他の薬が、こうした疾患に伴う特異的な症状や行動問題に対して有効である場合もあります。

レビー小体型認知症の人たちを救う特異的治療について、科学者たちの研究が続いています。現時点の治療は、パーキンソン症状や精神症候をコントロールする治療薬の使用など、対症的なものに限られます。抗パーキンソン薬は振戦や運動機能の改善には有用ですが、幻覚や錯覚などの症状に対しては、逆に悪化させる場合もあります。また、精神症状に対する薬は、運動機能を悪化させます。コリンエステラーゼ阻害薬が、レビー小体型認知症患者の認知機能や動作的症状を改善するという研究もあります。

CJDを改善させるかコントロールできる治療はありません。現在行われている治療は、症状を緩和して患者ができる限り楽になるような目的で行われます。麻薬系の薬剤が疼痛の緩和に役立ちますし、クロナゼパムやバルプロ酸はミオクローヌスを軽減します。病状が進むと治療は維持療法となり、点滴治療や、床擦れを防ぐために頻回の体位交換などが行われます。

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10.認知症には予防法があるでしょうか?



認知症患者の発症を予防し遅らせることのできる数多くの要因が、研究を通じて明らかとなっております。例えば、血糖値を厳しく管理できている人たちは、管理できていない糖尿病患者に比べると、認知機能テストの得点で明らかに優れているという研究結果が出ています。また社交的な交流、チェス、クロスワードパズル、楽器の演奏など、知的刺激を受ける活動に従事する人たちでは、ADや他の認知症になるリスクが明らかに低くなっています。精神活動が脳を刺激して、個人が持つ「認知的な余力」を増加させるのだろうと研究者たちは信じています。「認知的余力」というのは、認知症に伴う病理学的変化に対抗できる力、代償できる力を意味します。

ADを予防するために役立つその他の手段について、研究が進行中です。現在までのところ、病気の発症リスクにおいて有意差がはっきりと証明された要因は見つかっておりません。そして殆どの研究はADに関するものであり、この結果がその他の認知症にも応用できるかできないかについては判っておりません。しかしながら科学者たちは、こうした初歩的な研究結果に勇気を得て、ある種の認知症では最終的に予防が可能になると信じています。可能性のある予防法を下に示します。

ホモシステイン値の低下:血中のホモシステインというアミノ酸の値が高いと、ADで2.9倍、血管性認知症で4.9倍の危険率で病気が発症するという研究結果があります。予備的な研究で、3種のビタミン(葉酸、B12、B6)を多量に投与すると、ホモシステインの血中レベルが低下してADの進行が抑えられる可能性が示されました。この効果については、より大きな母集団での多施設臨床研究が進行中です。

コレステロール値の低下:高コレステロールの人々では、ADの発症リスクの高いことが示唆されています。コレステロールはアミロイドプラークの形成に絡んでいます。CYP46という遺伝子の変異と、apoE E4遺伝子の異型ではAD発症リスクが高く、この双方がコレステロール代謝に関連しています。スタチンというコレステロール値を低下させる薬の投与で、認知能力の障害のリスクが低下するという研究結果はいくつもあります。

血圧の低下:高血圧症のある高齢者において、降圧剤が認知障害の確率を低下させるといういくつかの研究結果があります。ヨーロッパの大規模な研究で、高血圧の内服治療を受ける60歳以上の人々では、認知症になる確率が55%低かったという結果が出ています。こうした人々の場合、ADと血管性認知症の両方のリスクが低下します。

運動:定期的な運動は成長因子(Grouth Factor)という化学物質を産生し、これが神経細胞の生存を助け、新しい環境への適応力に寄与します。こうした物質には認知症の症状発現を遅らせる効果があります。また運動は動脈硬化症に起因する脳障害のリスクを低下させます。

教育:正規の教育が、人々をADの影響から防御するという証拠が見つかっています。ある研究では、例えアミロイドプラークや神経原線維変性が脳内に沢山あっても、教育を何年にもわたってより多く受けた人々では、比較的精神機能の低下が少ないことが明らかとなりました。教育がより強固な神経ネットワークを構築し、ADによる神経細胞への障害を代償していると考えられています。

炎症の抑制:多くの研究から、炎症がADに影響を与えているということが示唆されています。さらにADを患っていた人たちの解剖所見では、ベータアミロイドの蓄積に起因すると思われる脳内の広汎な炎症が認められます。また別の研究では、C-reactive protein(CRP)という炎症反応の一般的マーカーが高値を示す人々では、ADや他の認知症の危険性が有意に高いということが判明しています。

非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs):ibuprofen, naproxen, その他同様のNSAIDsの長期服用は、ADの発症を予防するか遅らせる効用のあることが示されています。こうした薬が認知症に対してどのように防御効果を持つのかよく判っていませんが、炎症の抑制がある程度この効果に関係しているのかもしれません。2003年の研究結果では、こうした薬剤がアミロイドプラークとも関連しており、プラークの分解を助け、新たなプラークの形成を防いでいる可能性のあることが示されました。

血管性認知症は、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症、喫煙などの脳卒中のリスクと強い因果関係があります。こうしたタイプの認知症の場合、脳血管障害の大きな危険因子である肥満や高血圧症など、ライフスタイルを変えることで予防できるケースが多くあります。あるヨーロッパの研究の示すところによれば、60歳以上の収縮期高血圧症(収縮期のみが高いもの)の治療によって、認知症になる確率が50%減少しました。こうした研究結果から、現在の治療によって将来の血管性認知症の予防される可能性が強く示唆されます。

2005年に出版された研究報告によると、donepezil(アリセプト)10mg/dayを服用した群では、ビタミンEかプラセボを服用した群と比較して、最初の2年間のAD発症が有意に少ないという結果でした。しかし3年目の最後には、donepezil服用群でもADの割合が他の二つの群と同じであったということです。

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11.認知症患者にはどういった介護が必要でしょうか?



中等度から重症の認知症患者の場合には、彼ら自身と他者の身を守るために四六時中の介護と監視が必要となります。彼らには、食事摂取、入浴、着替えなどの日常活動にも介助が必要です。こうした必要性を満たすためには、介護者に忍耐と理解と深い配慮が要求されます。

典型的な家庭環境の下では、認知症患者にとって数多くの危険と障害が存在しますが、ちょっとした環境変化でこうした問題を克服することができます。例えば鋭利な刃物や危険な化学物質、道具類やその他の危険物などは、遠ざけて鍵をかけるべきです。その他の安全策には、ベッドや風呂に手すりを付けること、寝室や風呂の鍵を取り払うこと、やけど事故を少なくするためにお湯の温度は120°F(48.9℃)以下に下げること、などがあります。認知症の人たちには、徘徊して迷子になることに備えて、身元確認証の着いた服を着せるべきです。外に出るドアに鍵を付けたり、警報を取り付けたりすれば、介護者の非監視下での徘徊を防ぐことができます。

一定の状況下で欲求不満が高じることによって、認知症患者は異常行動をとるケースがよく見られます。そうした異常行動の引き金となっている状況をよく理解し、そうした状況を変化させ起こらないようにすれば、認知症患者は快適な生活が得らますし、その介護者も同様に快適です。例えば周囲の環境が非常に活動的で騒々しいときには、患者は混乱し欲求不満に陥るかも知れません。不必要な活動や騒音を抑えることで(来客の数を減らすとか、必要のないときにテレビを消すなど)、患者にとって求めに応じることや簡単な仕事をこなすことが容易になります。家の装飾品をシンプルにすることや、ガラクタを取り除くこと、馴染みの品物をそばに置くこと、一日を通して患者の予測可能な日常生活を営むことなどによっても、混乱は軽減するかもしれません。カレンダーや時計を設置することも、患者の見当識を保つのに効果があります。

認知症の患者は、安全が保たれて欲求不満の原因にならない限りにおいて、正常な余暇活動を継続するように奨励すべきです。手工芸やゲームや音楽などの活動は、大切な精神的刺激となり気分を改善させます。運動や知的刺激を受ける活動に参加することによって、認知力低下の進行を抑える効果のあることが研究で示されています。

認知症患者の車の運転が危険であることは、研究で明らかになっています。彼らは頻繁に迷子になりますし、道路標識を記憶しそれに従うことに問題が生じます。さらに彼らは、情報処理を敏速に行うことや予期せぬ状況に対処することが困難となります。運転中に一秒でも混乱が起これば、事故につながります。認知機能に障害のある人の運転は、他者をも危険に巻き込む可能性があります。認知能力の変化の定期的なスクリーニングを行うことで、高齢者間の運転事故を相当数減らすことができると専門家は示唆しており、いくつかの州では、医師がAD患者に関する報告を州の道路交通局に行わねばなりません。しかし多くの症例では、患者が運転しないようにできるのは、その家族であり友人たちなのです。

認知症患者の介護をする人々の感情的或いは肉体的負担は、想像を絶するものです。支援グループが介護人たちのこうした重荷への対処を助けたり、病気とその治療に関する有力な情報を提供してくれたりしています。大切なことは、介護人が24時間体制の介護から時々開放されることです。認知症患者を一定期間介護してくれる救護施設や、成人デイケアセンターを置くコミュニティーもあり、一次介護者に休息を与えています。最終的には認知症患者の多くが、終日介護のできるホームでのサービスが必要となります。

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12.どんな研究がなされているのでしょうか?



現在認知症の様々な側面の研究がなされております。この研究によって、認知症を患う人々の生活が改善し、最終的には予防や治癒につながるとものと考えます。

原因と予防
ADや他の認知症の原因に関しての研究には、遺伝子因子、神経伝達物質、炎症反応、脳内の予定細胞死への影響因子、そしてタウやベータアミロイド、ADに見られる神経原線維変性やプラークの役割、などが含まれます。別の研究では、コレステロール代謝、酸化ストレス(蛋白質やDNAや脂質に障害を与える化学反応)、ADの進行におけるマイクログリア細胞などの役割を解明しようとしています。テロメラーゼなどの加齢関連蛋白質の影響についても研究が進行しています。

多くの認知症や他の神経変性疾患においては細胞内の異常蛋白質の蓄積が見られますので、研究者たちはこの蓄積がどうして生じるのか、細胞にどう影響するのか、どうしたら蓄積を防げるのかといった点を解明しようとしています。

ある研究では、白質(神経線維とミエリンで構成)の変性がAD発症に役割を果たしているかどうかを検証しています。ADでは他の細胞の変化が生じる前に、ミエリンが侵食されることがあるからです。これは乏突起細胞というミエリンを産生する細胞の問題である可能性があります。

ADに影響を与える補足的な遺伝子についても研究が進んでおり、関連する遺伝子領域が数多く確認されています。将来ADに関連する遺伝子の検査を行うことによって、個々人の遺伝子的リスクに特異的な作用を加える治療が可能となるだろうと考える研究者もいます。しかしそうした個々の遺伝子検査や治療はまだまだ先の話です。

ADではインシュリンに対しての抵抗性がよく見られますが、このインシュリン抵抗性がADの発現に影響を与えているのか、単なる副産物なのかについてはまだ良く判っておりません。

スタチンというコレステロール値を低下させる薬の服用者では、認知症の発症リスクの低いことが知られています。しかしこれについても、薬の明らかな効用なのか、他の要因が働いているのかはよく判っておりません。

高齢女性のADの予防にエストロゲンが有効であるとする初期の研究がありました。しかし数千人の65歳以上の閉経後の女性を扱った臨床研究の結果では、エストロゲンとプロゲスチンの併用治療を行うとADのリスクが実質的に増加しました。エストロゲン単独の治療も、この研究では少し認知症リスクを高めているようでした。

2003年のHIV関連認知症の研究では、認知症のないHIV感染者と比較して、認知症のある患者では、30以上の様々な蛋白質の活性レベルに有意差のあることが判明しました。この研究はHIV患者の認知症発現に対するスクリーニング検査の可能性を示唆しており、このタイプの認知症を予防する治療ができるかもしれません。

診断
ADや他の認知症を早期に診断することは、患者自身やその家族にとって重要なばかりでなく、認知症疾患の原因を研究し初期の段階での治療法を求めている研究者たちにとっても大切なことです。診断を適正にすることで、不適切な治療を受ける人々を減らすことも可能です。

PETやMRIの3D画像を使って、初期のADに生じる特徴的な脳の変化を、症状発現前に検出できるかどうかについて研究されています。この研究は病気の症状の予防方につながるかもしれません。

脳脊髄液中のベータアミロイドとタウ蛋白の値を利用することによって、92%の正確さでADが診断できたとする研究があります。もし他の研究でもこの結果の妥当性が確認されれば、症状発現前にこの疾患を発症しかけている人々の診断ができるかもしれません。これによって病気のかなり早い段階での治療が可能となり、病気を予防し発現を遅らせる新しい治療を試すことができます。AD患者の皮膚と血液の中の成分で、正常者と異なるものが同定されています。こうした成分が診断に使えるかどうかについての研究が試されています。

治療
日夜研究者たちは、ADやその他の認知症のための新薬を開発することに余念がありません。脳内のアミロイドプラークの数を減らすワクチンが、最終的にADの最も有効な治療になるだろうと多くの研究者たちが信じています。2001年、AN-1792というワクチンを使った臨床試験が始まりました。この研究は多くの患者が脳と脊髄の炎症を起こしたために中止されました。こうした問題があるにも拘らず、一人の患者の脳内のアミロイドプラークは数を減じました。またある患者では、研究期間の認知力の低下が殆どありませんでした。この結果はワクチンが病気の進行を遅らせているか、或いは止めているかのどちらかだということを示唆しています。現在もっと副作用が少なく、さらに効果的なワクチンを発見できるように研究がなされています。

またADの遺伝子治療の可能性を追求する研究も進行中です。ある研究では神経成長因子を産生する細胞を使って、これをサルの脳内に移植しています。移植された細胞は脳内の神経成長因子を急激に増加させ、動物のアセチルコリンを産生する神経細胞の変性を防御します。こうした結果から、遺伝子治療が病気の症状を軽減し、発現を遅らせる可能性のあることが示唆されます。現在少数の患者に対してこの方法が試されています。人間のベータアミロイドを産生するマウスに、neprilysinという遺伝子を加える遺伝子治療の実験も行われています。neprilysinの値が高くなるとマウスのベータアミロイドの量は著しく減少し、アミロイドによる脳の変性の停止することが発見されました。neprilysin遺伝子による治療が、マウスの認知能力を改善するかどうかについて今研究が進んでいます。

葉酸、B12、B6の三つのビタミンの多量投与によってホモシステイン値を減少させ、ADにおける認知力の低下を遅らせることができるかどうか、VITAL(Vitamine to Slow Alzheimer's Disease)と呼ばれる臨床試験が試されています。

多くの研究からADでは脳の炎症反応の形跡が明らかとなっており、NSAIDsなどの炎症を抑える薬が病気の予防や進行抑制に効果があると提言する研究者たちがいます。マウスの実験では、こうした薬剤によって脳内でのアミロイドプラークの産生を抑制できる可能性が示唆されました。こうした薬剤を使った人体での初歩的研究は、期待の持てそうな結果を示しました。しかしNIHの基金によって行われたADを予防するための二つのNSAIDs(naproxenとcelecoxib)の大規模な臨床試験は、naproxenを服用する人で脳卒中と心臓発作が増加し、celecoxibが心臓発作を増加させるという別の研究結果などの理由で、2004年に中止されました。

pentoxifyllineとpropentofyllineの二つの薬剤が、血管性認知症の治療に有効であることを示唆する研究結果があります。pentoxifyllineは血流を改善し、propentofyllineは脳内での細胞死の過程を抑制しているように考えられています。

ある研究では、パーキンソン病に伴う軽い認知症の治療におけるdonepezil(アリセプト)の安全性と有効性について試験が行われており、またある研究では、selegiline(エフピー)の添付剤がHIVに起因する認知障害を持つ患者の精神機能に有効かどうかが試験されています。

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